行政調査着手段階で「事実上の有罪認定」が走り出す構造を、組合は構造論として徹底検証する
グローバルユニオン(国税ユニオン)|首都圏青年ユニオン連合会
2026年4月22日|公式声明
本声明は、当組合員に対する継続的な人権侵害事案、ならびに、それを通じて顕在化した日本の税務行政の構造的欠陥について、当組合として正式に表明するものです。本声明では、特定個人の人格を攻撃する意図は一切なく、すべては役職としての公権力行使に対する制度評価として記述します。本件に登場する各位の氏名は、いずれも公務として本件査察調査・反面調査・押収・対面要求等に関与された公的事実に基づき、行政の説明責任の対象として明示するものです。
なお、当組合は、検察機関に対しては一貫して敬意を有しております。本件で問われているのは、「検察が動いていないのに、あたかも検察が告発・起訴・逮捕に向けて動いているかのような虚偽性のある情報が、国税局側から外部流通した」という、検察機関の権威を毀損しかねない構造であり、検察の側に何らかの瑕疵があるという主張ではありません。むしろ、検察機関の独立性・厳格性こそが、本件が告発に至っていない最大の理由であると当組合は理解しております。
起訴されてもなお「推定無罪」――それなのに、行政調査着手段階で何が起きたのか
近代法治国家の最も基本的な原則の一つが、推定無罪の原則(Presumption of Innocence)です。この原則は、世界人権宣言第11条、国際人権規約B規約第14条第2項、日本国憲法第31条、刑事訴訟法第336条等の趣旨により、世界共通の基盤として確立されています。
その内容は明快です。起訴されてもなお、有罪判決が確定するまでは、何人も無罪と推定される。これは捜査機関にも、行政機関にも、メディアにも、そして社会全体にも等しく課される、近代法の根本規範です。
ところが、本件では、起訴どころか、告発すら行われていない、すなわち刑事手続が開始すらしていない行政調査の着手段階において、以下の事象が発生しました。
第一に、当組合員に対し、「脱税請負人」「B勘屋」という、刑法典のいずれの条文にも存在しない造語的評価が、対面調査の場で公的職員から発せられました。これらは強烈な侮蔑的意味を持つ評価語であり、刑事手続上の位置付けを完全に飛び越え、社会的評価の毀損として機能する性質を有します。
第二に、いわゆる馬見塚メモを通じて、以下の捜査情報が、当組合員以外の広範な第三者に流通しました。
- 告発が「免れない」状態にあるという認識
- 鹿児島地方検察庁および福岡高等検察庁が「やる気」であるという表現
- 告発・起訴・逮捕までが具体的射程に入っているという含意
- 国税幹部が「やる気」であるという表現
- 差押令状取得実務、税関との連携、嫌疑者の帰国情報の共有可能性
しかしながら、令和7年2月に「告発は免れない」と表明されてから、約1年2か月以上が経過した本日に至るまで、刑事告発は実行されておらず、検察庁による正式な公訴提起の動きも一切確認されておりません。
ここで、当組合は、本声明の重要な前提を明示します。告発されてもなお推定無罪、起訴されてもなお推定無罪、有罪判決確定までは無罪――これが近代法治国家の絶対原則です。それなのに、行政調査の着手段階という、刑事手続の入り口にすら立っていない最初期の段階で、なぜ「逮捕」というワードが当事者本人に対して向けられ、外部に流通したのか。
この一点だけで、本件は単なる査察調査の問題を超え、近代法治国家の根本原則に対する組織的な誤認の事案として位置付けられます。
そして、ここに極めて深刻な問題があります。すなわち、行政機関である国税局には、逮捕権が一切ありません。逮捕は、刑事訴訟法199条以下が定める、警察・検察等の司法警察職員・検察官に専属的に与えられた強制処分権限であり、国税犯則調査における国税局の権限は、あくまで質問・検査・押収・領置等の任意的または準刑事的調査権限に限定されます。
それにもかかわらず、馬見塚メモには「逮捕」という表現が随所に登場し、当組合員に対する逮捕可能性が、あたかも国税局の判断で実現可能であるかのような構成で記述・流通されました。
これが意味するところは、二つしかあり得ません。
第一の可能性は、検察機関が真に告発・起訴・逮捕の方針を有していたという理解を、国税局側が前提として外部に伝達したというものです。しかし、令和7年2月の表明から1年2か月以上が経過し、現在に至っても告発が実行されていない以上、この前提は事後的に裏付けを失っています。すなわち、結果として、検察機関がその時点で本件について逮捕方針を持っていたかのような印象を、国税局起点の情報流通が外部に植え付けてしまったことになります。
第二の可能性は、検察機関の関与・判断が確定していない段階で、国税局側が独自にそのような方針を構成し、外部流通させたというものです。この場合、それは検察機関の判断を僭称した形となり、国家機関相互の権限配分秩序を毀損する重大事案です。
いずれにせよ、結論は同じです。検察機関の独立性と権威こそが守られるべきであり、その権威を毀損しかねない情報流通の責任は、検察機関ではなく、国税局起点の情報統制体制にある――これが当組合の一貫した立場です。
そして本件で最も重要な事実は、現に告発が実行されていないという客観的事実です。これは、検察機関が、本件について、刑事訴訟法199条の「相当な理由」、構成要件該当性、故意の認定、証拠の連続性等について、慎重かつ厳格な判断を行っている結果であると、当組合は理解しております。検察機関の独立性と厳格性は、まさに本件においてこそ、近代法治国家の最後の砦として機能しているのです。












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