問うべきは納税者の「制度悪用」より、行政の制度管理能力である
再生可能エネルギー制度をめぐり、国民が負担してきた再エネ賦課金は、累計約20兆円規模に達したとされる。
ここで問題となっているのは、20兆円が文字どおり消失したという話ではない。
より深刻なのは、それほど巨大な国民負担を生じさせた制度について、所管行政が、最終的な支払先や資金の全体像を、国民や国会に対して直ちに、一覧性のある形で説明できないという事実である。
巨額制度を運営しながら、誰に、どれだけ、どのような政策効果を伴って資金が流れたのかを、制度全体として即答できない。
それが現在問われている。
そして、この問題を見たとき、当然に生じる疑問がある。
約20兆円規模の制度すら一元的に把握し切れていない経済産業省が、エンジェル税制についてだけは、全国の都道府県等を通じて、統一的かつ正確にマネジメントできていたと、なぜ言い切れるのか。
これは感情論ではない。
行政組織の制度管理能力に対する、ごく合理的な疑問である。
エンジェル税制は、経済産業省だけで完結する制度ではない
エンジェル税制は、個人投資家によるスタートアップ投資を促進する政策税制である。
その手続では、まずスタートアップ企業が、都道府県等に対して、対象企業の要件や投資の事実などについて確認申請を行う。
都道府県等が確認した後、企業に確認書を交付し、その確認書を投資家が確定申告時に税務署へ提出するという構造になっている。つまり、制度所管は経済産業行政に置かれながら、具体的な確認実務は都道府県等へ分散し、最終的な税務処理には国税当局も関与する。
この制度構造を冷静に見れば、運用上の難しさは明らかである。
経済産業省、各都道府県等、税務署、投資先企業、投資家、場合によっては認定投資事業有限責任組合など、複数の主体が関与する。
しかも、確認対象には、会社の設立時期、研究開発費、売上高、従業員数、外部資本の割合、投資時期、株式取得の態様など、多数の要件が含まれる。
全国の担当者が、同じ資料を見て、同じ法令解釈を行い、同じ結論に到達するためには、少なくとも次の仕組みが不可欠である。
統一された審査基準、詳細な事例集、継続的な研修、疑義照会の中央集約、判断記録の保存、都道府県間の横断的な点検、国税当局との解釈調整である。
では、これらは本当に十分に機能していたのか。
行政はそのことを、客観的資料によって説明できるのか。
「確認書を交付した自治体」と「後から否認する国税」の間に、誰が責任を持つのか
エンジェル税制の最大の問題は、制度の入口と出口を異なる行政主体が担っている点にある。
入口では、都道府県等が制度要件を確認し、確認書を交付する。
納税者は、その行政確認を信頼して投資を行い、確定申告をする。
ところが後になって、国税当局が別の解釈を採り、取引の実質、資金の流れ、投資目的などを理由として、税制適用を否認する可能性がある。
もちろん、都道府県等の確認書があれば、あらゆる課税上の問題が免除されるというものではない。
しかし、制度所管行政の確認を受けて適法に進めたと認識している納税者に対し、後から別の行政機関が「制度の悪用だ」と評価するのであれば、まず行政内部の見解不一致を検証しなければならない。
確認書を交付した行政側の判断は適切だったのか。
経済産業省は都道府県等に、どこまで明確な判断基準を示していたのか。
都道府県等からの疑義照会は、中央で共有されていたのか。
同じような案件について、地域によって異なる回答が行われていなかったか。
国税当局と経済産業省の間で、制度趣旨や適用範囲について統一的な解釈が形成されていたのか。
ここを検証せず、納税者の側だけに「制度の趣旨を理解すべきだった」と求めるのは、あまりに一方的である。
制度を作った行政機関同士ですら共通理解を形成できていなかったなら、その不明確さを納税者の故意や悪意に転換することは許されない。
20兆円規模の制度管理に疑問が生じた以上、「他の制度は完璧だった」という前提は崩れた
再エネ賦課金制度とエンジェル税制は、目的も仕組みも異なる。
したがって、再エネ制度の管理上の問題が、そのままエンジェル税制の誤運用を証明するわけではない。
しかし、行政評価の観点から重要なのは、個別制度の違いだけではない。
同じ省庁に、巨大かつ複雑な政策制度を設計し、地方行政や民間事業者を通じて運用し、その結果を把握し、問題があれば修正する能力があったのかという点である。
約20兆円規模の制度について、最終的な資金の流れを国民に即座に説明できないという問題が現実に生じている以上、経済産業省が所管する他の制度についても、運用実態を無条件に信用するのではなく、客観的に再検証するのが当然である。
にもかかわらず、エンジェル税制については、
「行政は正しく制度を設計した」
「都道府県等も正しく確認した」
「国税当局も正しく判断した」
「間違っていたのは納税者だけだ」
という前提で処理されていないか。
それこそが問題である。
行政が自らの制度運営を検証せず、納税者の側だけに制度の不備を負担させるのであれば、それは公正な法執行ではない。
本当に全国一律の運用だったのか
エンジェル税制は全国制度である。
しかし、具体的な申請確認を都道府県等が担当する以上、現場の知識、経験、担当者数、申請件数には地域差が生じ得る。
多数のスタートアップを抱え、申請経験の豊富な自治体と、年間の申請件数が限られる自治体とで、審査能力や蓄積が完全に同一だったとは考えにくい。
担当者の異動もある。
制度改正も繰り返される。
複雑な事案については、申請者、自治体、経済産業局、本省、税務当局の間を照会が行き来することも考えられる。
この状況で全国一律の運用を確保するためには、経済産業省が、単にホームページへ制度概要を掲載するだけでは足りない。
どの自治体が、どのような案件を、どの基準で確認したのか。
自治体ごとの申請件数、確認件数、補正件数、却下件数はどうなっているのか。
同種案件に異なる判断がなされていないか。
後に国税当局から否認された案件について、制度所管側で原因分析を行ったのか。
都道府県等の確認実務に誤りがあった場合、誰が是正し、誰が責任を負うのか。
こうした検証結果が示されない限り、「全国で正確に運用されていた」という説明には根拠がない。
むしろ、巨大な再エネ制度の全体像さえ十分に可視化できていなかった組織については、地方分散型の税制確認業務にも、同様の情報分断や管理不足がなかったかを疑うのが自然である。
行政の確認を信じた納税者を、後から犯罪者に変えてはならない
特に慎重でなければならないのが、課税上の否認を超えて、脱税事件として取り扱う場合である。
刑事責任を問うには、単に税制適用が結果的に否定されたというだけでは足りない。
納税者が虚偽を認識しながら申告したのか、制度要件を満たさないことを知りながら偽装したのかなど、故意と不正行為を具体的に立証する必要がある。
行政機関へ事前に照会していた。
都道府県等から確認書を受けていた。
専門家から適用可能との説明を受けていた。
制度上禁止されているとの明示的な説明がなかった。
こうした事情が存在するのであれば、少なくとも納税者の故意を判断する上で、極めて重要な事情となる。
それを調べず、納税者本人にも十分に質問せず、制度所管行政の運用実態も検証せずに、「制度を悪用した」という物語だけを先行させることは危険である。
20兆円規模の制度すら全体的に管理できなかった可能性が問われている行政が、自らの政策税制については完全無欠に運用できていたと仮定し、納税者だけを犯罪者として扱う。
そのような捜査や行政処分に、説得力はあるだろうか。
先に監査されるべきは、納税者ではなく制度の管理系統である
エンジェル税制をめぐって深刻な否認案件や刑事事件が生じているのであれば、まず実施すべきは、個々の納税者に対する摘発競争ではない。
制度全体の行政監査である。
少なくとも、次の事項を第三者的に検証すべきである。
経済産業省から都道府県等へ示された審査基準は十分に明確だったか。
都道府県ごとの運用差はなかったか。
経済産業省、都道府県等、国税庁の間で、制度解釈は共有されていたか。
行政への事前照会と、その回答記録は適切に保存されているか。
確認書を受けたにもかかわらず税務否認された案件について、行政側の原因分析は行われたか。
後から刑事事件となった案件について、制度所管官庁の判断過程は捜査対象として検証されたか。
これらを行わないまま納税者だけを追及することは、行政の制度設計責任と監督責任を覆い隠すことになる。
「行政は正しい、国民が悪用した」という物語を疑え
行政制度に問題が起きると、しばしば「一部の悪質な事業者が制度を悪用した」と説明される。
もちろん、実際に虚偽申請や不正受給が存在する場合は、厳正に対処すべきである。
しかし、その言葉は、行政側の制度不備を隠す便利な表現にもなり得る。
制度要件が曖昧だったのではないか。
所管官庁と執行官庁の解釈が食い違っていたのではないか。
地方自治体への指導が不十分だったのではないか。
確認記録や照会記録が適切に保存されていなかったのではないか。
制度改正の周知が徹底されていなかったのではないか。
この検証を抜きにして、「悪用した納税者が悪い」と結論づけるのは簡単である。
しかし、それは原因究明ではない。
行政責任の外部化である。
経済産業省には、全国運用が正確だったことを証明する責任がある
約20兆円規模の制度について管理・説明能力が問われている以上、経済産業省は、エンジェル税制についても「問題なく運用していた」と述べるだけでは足りない。
全国の都道府県等へ、どのような基準を示していたのか。
判断のばらつきをどのように把握し、是正していたのか。
国税当局との解釈不一致をどのように防いでいたのか。
行政確認を信頼した納税者を、どのように保護していたのか。
具体的な記録と数値で説明すべきである。
それができないのであれば、行政は、納税者の側だけに完全な説明と記録を求める資格を失う。
国民から集めた約20兆円の流れを十分に説明できない行政が、一人の納税者の資金移動についてだけは、数年後に完璧な説明を要求する。
自らの制度運用は検証せず、納税者の取引だけを「不自然」と断定する。
自治体が交付した確認書には責任を持たず、それを信じた納税者にだけ責任を負わせる。
この二重基準は、到底容認できない。
結論――20兆円を管理できなかった組織の「無謬性」を前提にしてはならない
再エネ賦課金をめぐる問題から直ちに、エンジェル税制の個別判断が誤っていたと断定することはできない。
しかし、約20兆円規模の制度について管理能力が問われた以上、経済産業省が所管する他制度の運用も検証対象とするのは当然である。
特に、全国の都道府県等へ実務を分散し、国税当局との連携を必要とするエンジェル税制は、一元管理が容易な制度ではない。
だからこそ、行政には説明責任がある。
全国で同一基準が適用されていたこと。
確認書の交付判断が適正だったこと。
国税当局との解釈が整合していたこと。
納税者に予測可能な形で制度が運用されていたこと。
これらを行政側が証明しない限り、納税者だけを「制度悪用」と決めつけることはできない。
20兆円を管理できなかった可能性を問われる行政組織が、エンジェル税制についてだけは一件の誤りもなく、全国一律に正確な運用を実現していた。
その前提の方が、よほど不自然ではないか。
行政は、国民を疑う前に、自らの制度管理能力を検証すべきである。
そして、行政内部の不統一や制度設計の欠陥を、納税者の故意や犯罪へすり替えてはならない。
問われているのは、制度を利用した国民の責任だけではない。
その制度を作り、地方へ委ね、管理し、後から異なる解釈で否認する行政自身の責任である。



