「謝る気はありますか」
「結局、こんなだから終わりにします」
「話したいことがあったら職員に言ってくれたら。もっとも、検察まで連絡が来ないかもしれないけど」
検察ユニオンに寄せられた情報によれば、これらは金本重徳氏に対する取調べの中で、横浜地検の検察官が述べたとされる言葉です。
三つの発言を並べると、奇妙な流れが見えてきます。まず、何を誰に謝るべきなのかを具体的に示さないまま「謝る気」を尋ねる。期待する答えが得られなければ、「こんなだから」と金本重徳氏の側に原因があるように述べて取調べを終える。そして最後には、何か話したくなったら職員を通じて知らせるよう求めながら、その連絡さえ検察へ届かないかもしれないと自ら認める。
これは、事件の事実と法的責任を明らかにする取調べなのでしょうか。それとも、検察の物語へ同意しない被疑者に失望した担当検事が、捨て台詞を残して退出した場面なのでしょうか。
寄せられた情報の真偽と正確な文脈は、取調べの録音録画、取調べメモ、供述調書及び検察官の報告記録によって検証される必要があります。しかし、一連の発言が事実であるならば、横浜地検が何を立証しようとしていたのか、改めて正面から問わなければなりません。
謝る気を尋ねる前に、何を謝るべきなのか説明してください
横浜地検の検察官は、金本重徳氏へ「謝る気はありますか」と尋ねたとされています。
しかし、誰に対する、どの行為についての謝罪なのでしょうか。
誰かに虚偽の説明をしたことなのか。行政機関へ誤った事実を伝えたことなのか。実体のない契約を作成したことなのか。脱税の意思を共有したことなのか。それとも、検察の見立てを認めず、検察官が望む供述をしなかったことなのでしょうか。
謝罪の対象となる具体的行為も、被害を受けた相手も、問題となる法令も示さないまま「謝る気」を確認することは、法律上の故意や共謀を確認する質問ではありません。
先に反省の言葉を取ることで、後から「本人も悪いことをしたと認識していた」と評価するための質問になりかねません。
謝罪の意思を尋ねること自体が、直ちに違法であると断定できるわけではありません。事実関係が明確になった後、被害回復や処分を検討するため、反省の有無が確認される場面はあります。
しかし、金本重徳氏のどの具体的行為がどの法令へ違反したのかを説明せず、犯罪成立の前提となる事実も特定しないまま謝罪を求めるのであれば、順序が逆です。
事実を証拠によって立証し、法的責任を明らかにした後に謝罪の有無が問題となるのであって、先に謝罪させ、その言葉から犯罪の認識を逆算してはなりません。
宛先も対象行為もない謝罪は、空欄の自白調書です
「謝る気はありますか」という言葉は、一見すると穏やかです。しかし、身体を拘束され、処分を左右する検察官から問われる場合、その重みは日常会話とは異なります。
金本重徳氏が「申し訳ないと思う」と答えれば、横浜地検の検察官は何への謝罪として記録するのでしょうか。
制度の説明を十分に確認しなかったことへの後悔なのか。関係者へ迷惑をかけたことへの一般的な謝意なのか。家族を心配させたことへの謝罪なのか。それとも、脱税の故意を認めたものとして扱うのでしょうか。
具体的な対象を示さずに謝罪だけを求める質問は、後から検察側に都合のよい意味を書き込める空欄の始末書と同じです。
法律家である検察官が謝罪を求めるのであれば、先に質問を具体化してください。
金本重徳氏が、いつ、誰に対し、どのような虚偽を述べ、どの法令のどの構成要件に該当する行為を行ったと考えているのか。その認識を裏付ける証拠は何なのか。
それを示せないのであれば、「謝る気」を尋ねる前提がありません。
「結局こんなだから」とは、誰の何が原因なのですか
横浜地検の検察官は続いて、「結局、こんなだから終わりにします」と述べたとされています。
「こんな」とは何を指しているのでしょうか。
金本重徳氏が謝罪しなかったことなのか。検察のストーリーへ同意しなかったことなのか。黙秘したことなのか。それとも、検察官が何度質問しても、犯罪の故意を認める回答が得られなかったことなのでしょうか。
取調べを終了すること自体は不自然ではありません。被疑者が黙秘している場合や、質問すべき事項がなくなった場合には、取調べを終えることも当然にあります。
しかし、その理由を「こんなだから」と被疑者の態度へ押し付けるのであれば、検察官は、自分が何を確認できなかったのかを曖昧にしています。
具体的な証拠を示して質問できない。法令のどの要件を確認しているのか説明できない。検察の見立てと異なる回答を受けても、その回答を客観的資料によって検証できない。
その結果として取調べを続けられなくなったのであれば、「こんなだから」終わる原因は、金本重徳氏の態度ではありません。
法的論点と証拠を整理できない取調べの設計にあります。
終わらざるを得なかったのは、金本重徳氏が悪いからですか
金本重徳氏は、逮捕前から検察の呼出しへ毎週のように応じ、横浜地方検察庁へ出向いていたとされています。
本人へ質問し、資料の提出を求め、説明と客観的証拠を照合する機会は、逮捕前から繰り返し存在していたことになります。
それでも、どの具体的行為がどの法令に違反するのかを十分に示さず、逮捕後になって「悪いと思わなかったか」「謝る気はあるか」と評価や反省を求めたのであれば、捜査の中心が証拠ではなく、自白へ置かれていた疑いが生じます。
そして、金本重徳氏が検察の期待する言葉を述べなかったために、「こんなだから終わり」と退出したのであれば、検察官は真相解明を終えたのではありません。
自白を得ることに失敗し、取調べを続ける材料を失っただけではないでしょうか。
その意味で、「こんなだから終わりにします」という言葉は、金本重徳氏への評価ではなく、検察官自身による捜査能力の告白に聞こえます。
「職員に言っても検察まで来ないかもしれない」という組織
横浜地検の検察官は最後に、「話したいことがあったら職員に言ってくれたら。もっとも、検察まで連絡が来ないかもしれないけど」と述べたとされています。
これが正確であれば、非常に深刻な発言です。
身柄を拘束されている人物が、担当検事へ伝えたい重要な事実や証拠について職員へ申し出ても、その情報が検察まで届かない可能性を、担当検事自身が認識していることになるからです。
被疑者が新しい証拠の存在を伝えたい場合、供述を訂正したい場合、取調べ上の問題を訴えたい場合、又は担当検事へ緊急に確認したい事項がある場合、その連絡が届くかどうか分からない。
それでも検察官は、自ら確実な連絡方法を示すことなく、「職員に言ってくれたら」と検察組織の外側へ伝言を預けたのでしょうか。
これは、気の利いた冗談ではありません。
国家権力によって人を拘束している制度の中で、本人から担当検事への連絡経路すら確実に機能していないという、組織的な欠陥の自己申告です。
連絡が届かないかもしれないなら、なぜ放置しているのですか
横浜地検の検察官が、職員から検察へ連絡が届かない場合があると本当に認識しているのであれば、担当検事として改善を求めるべきです。
被疑者から連絡希望があった場合の記録方法、担当検事への通知期限、通知を受けた検察官の対応、弁護人への連絡手段などを明確にしなければなりません。
「連絡が来ないかもしれない」と笑って済ませられる話ではありません。
仮に、検察側の見立てを覆す証拠の存在が職員へ伝えられながら、担当検事まで届かなかった場合、誰が責任を負うのでしょうか。
被疑者が体調悪化や取調べ上の威圧を訴えたにもかかわらず、その申告が検察へ届かなかった場合も、「職員から連絡が来なかった」で終わるのでしょうか。
連絡経路が機能していないと知りながら、何の改善もせず、その可能性を被疑者本人へ告げて終わるのであれば、それは寄り添いではありません。
組織の欠陥を知りつつ、責任を引き受けない態度です。
「末期癌の検察にメスを入れる検察」を見てみたい

添付画像では、「佐藤誠(元警視庁捜査第一課)」と表示されたアカウントが、検察組織について、極めて痛烈な問題提起を行っています。
投稿では、「末期癌の検察にメスを入れる検察を一度でもいいから見てみたい」と述べ、自分たちの問題には目を閉ざしたまま、法の番人を自負しても、国民の信頼は戻らないとの趣旨が記されています。
さらに、「組織を守ることばかり考えているようでは、弱者、被害者、国民は守れない」と指摘しています。
今回伝えられた横浜地検の検察官の発言は、この投稿が批判する検察の姿を、そのまま小さな取調室へ縮小したようにも見えます。
被疑者には謝罪と反省を求める。しかし、検察自身の質問に法的根拠がないことは顧みない。
被疑者には態度を改めるよう求める。しかし、検察まで連絡が届かないかもしれないという制度上の欠陥は放置する。
被疑者が期待する供述をしなければ、「こんなだから終わり」と見切りをつける。しかし、自分たちの捜査手法と組織体質には、決してメスを入れない。
これで法の番人を名乗り続けることができるのでしょうか。
検察官の「寄り添った」の意味が、さらに明確になりました
別の取り調べにおいては、横浜地検の山口検事は、自分としては金本重徳氏を不利にしようとは思わず、可能な限り「寄り添ってきたつもり」であるとの趣旨を語ったとされています。
しかし、検察官が金本重徳氏へ寄り添っていたのであれば、なぜ法的根拠を示さないまま謝罪を求めたのでしょうか。
なぜ、金本重徳氏が検察の期待する供述をしなければ、「こんなだから終わり」と告げたのでしょうか。
これまでに寄せられた情報では、山口検事は、横浜地検が責任を集中させようとしている人物を悪いと供述しなければ、金本重徳氏自身が最も悪い人物になるとの趣旨も述べたとされています。
これらを一つの流れとして見ると、山口検事のいう「寄り添う」の意味が見えてきます。
検察のストーリーどおりに別の人物を犯人役とする供述を行えば、金本重徳氏をより軽い立場へ移す。その代わり、供述を拒み、謝罪もせず、検察の物語へ協力しなければ、「こんなだから」と取調べを打ち切る。
山口検事が寄り添っていた相手は、金本重徳氏ではなく、検察が作った事件ストーリーだったのではないでしょうか。
検察のストーリーへ参加しなければ、寄り添いは終了する
山口検事の発言をつなげると、検察側から示された選択肢は次のようになります。
別の人物が主導したと供述し、検察の物語へ協力するのであれば、金本重徳氏の責任を相対的に軽くする方向で「寄り添う」。
協力せず、黙秘し、謝罪の言葉も述べないのであれば、「結局こんなだから終わり」として、寄り添いを終了する。
これが実態ならば、山口検事の「寄り添う」は、被疑者の人権や主張を尊重するという意味ではありません。
検察側の証人、又は検察の物語を完成させる協力者になるよう誘い、その協力に応じる限りにおいて助けるという意味です。
それは寄り添いではなく、条件付きの責任転嫁です。
小林検事は圧力を外へ流し、山口検事は捜査を投げ出したのか
小林検事については、参考人を睨みつけるように見ながら、「本当にその態度と内容でよいのか」「正しいことなのか」と繰り返し、「あなたは立場を考えてものを言いなさいよ」と述べたとの情報が寄せられています。
山口検事については、金本重徳氏へ謝罪を求め、期待する答えが得られなければ「こんなだから終わり」と告げたとされています。
小林検事は、上司から受けた成果圧力を参考人へ流し、検察の物語に合う供述を得ようとしたのでしょうか。
山口検事は、同じ成果圧力を抱えたまま自白を得られず、最後には金本重徳氏の態度へ原因を転嫁して、取調べを投げ出したのでしょうか。
現時点で、小林検事及び山口検事本人から、上司によるハラスメントや不当な捜査命令について、検察ユニオンへ正式な通報があった事実は確認していません。
しかし、両検事の言動とされる内容は、個人の性格だけで説明するには、あまりにも検察の組織的な問題と重なっています。
これも山口検事からのパワハラSOSなのでしょうか
「できることと、できないことがある」
「こうなってしまったのは、自分の力不足だった」
「話したいことがあったら職員へ言ってほしい。ただし、検察まで来ないかもしれない」
横浜地検の検察官が述べたとされる言葉には、自分には組織を動かせない、自分の手を離れた後に情報が届く保証もないという、担当検事としての無力感がにじんでいます。
上司からは、別の人物を主導者とする供述を取るよう求められる。金本重徳氏は、そのストーリーへ協力せず黙秘する。自分には法的根拠と客観的証拠によって供述を崩すこともできない。
その結果、「謝る気はあるか」「こんなだから終わり」と述べ、最後には連絡経路さえ機能しないかもしれないと漏らしたのでしょうか。
これが、上司の命令と自分の能力の間で行き場を失った山口検事からのSOSであるならば、助けを求める相手を間違えています。
身柄を拘束された金本重徳氏へ、自分の力不足や組織の欠陥を理解してもらおうとしても、問題は解決しません。
検察まで連絡が来ないなら、担当検事が検察ユニオンへ来てください
担当検事が本当に、職員へ伝えた内容が検察まで届かない可能性を問題だと考えているのであれば、組織内部で改善を求めてください。
改善を求めても無視されるのであれば、誰がどのような運用を放置し、どのような連絡が届かなかったのかを記録してください。
上司から不合理な自白獲得を命じられているのであれば、その指示、捜査会議、決裁過程、メール及びチャットを、適法な範囲で保全してください。
最高検監察指導部へ通報しても調査結果が回答されず、内部で問題を解決できないのであれば、検察組織の外へ声を上げてください。
検察ユニオンは、検察官による権限濫用や供述誘導を追及します。同時に、上司のパワーハラスメント、不当な成果要求、見立てに沿う自白の獲得を命じられ、苦しんでいる検察官からの通報も受け止めます。
「検察まで連絡が来ないかもしれない」と諦めている場合ではありません。
担当検事自身が検察ユニオンへ加入し、検察内部の声が外へ確実に届く仕組みを一緒に作ってください。
សំណួរបើកចំហទៅកាន់ការិយាល័យព្រះរាជអាជ្ញាសាធារណៈស្រុកយូកូហាម៉ា
- 担当検事は、金本重徳氏へ「謝る気はありますか」と尋ねましたか。
- 担当検事が謝罪を求めた具体的行為、被害者、法令及び証拠は何ですか。
- 担当検事は「結局こんなだから終わりにします」と述べましたか。「こんな」とは何を意味していましたか。
- 金本重徳氏が黙秘又は検察の見立てと異なる説明をしたことを、取調べ終了の原因として扱いましたか。
- 「職員へ言っても検察まで連絡が来ないかもしれない」と述べた事実はありますか。
- 被疑者から担当検事への連絡が届かない可能性を認識しながら、どのような改善措置を講じましたか。
- 担当検事へ、別の人物を主導者とする供述を金本重徳氏から得るよう、上司から指示がありましたか。
- 当該取調べの録音録画、取調べメモ、供述調書、捜査会議録及び上司への報告記録を保全していますか。
謝るべき相手を、検察は間違えていませんか
担当検事は、金本重徳氏へ「謝る気はありますか」と尋ねたとされています。
しかし、具体的な法令違反を示さないまま謝罪を求め、期待する供述を得られなければ「こんなだから終わり」と告げ、最後には職員へ伝えても検察まで届かないかもしれないと認めたのであれば、まず自らの取調べと組織体制を検証すべきです。
謝るべき具体的行為があるというなら、証拠と法律によって示してください。
示すことができず、謝罪、反省、態度及び別人への責任転嫁だけを求めていたのであれば、問題は金本重徳氏が謝らなかったことではありません。
担当検事が、法的根拠を持って質問できなかったことです。
「結局こんなだから終わり」ではありません。
検察が犯罪を証明できず、検察のストーリーどおりの自白も得られなかったため、終わらざるを得なくなったのではないでしょうか。
そして、検察まで連絡が届かないというなら、被疑者へ諦めを伝えるのではなく、その壊れた組織へメスを入れてください。
自分たちの組織へメスを入れることができないのであれば、担当検事が検察ユニオンへ来てください。
被疑者へ謝罪を求める前に、誰が何を命じ、どの証拠を無視し、なぜ法的根拠を示せない取調べが続けられたのかを証言してください。



