大阪地検特捜部の「作文調書」告発
大阪地方検察庁特別捜査部の研修で、指導担当の検事から、あらかじめ用意された筋書きに沿う自白調書の作成や、被疑者に有利となる可能性がある録音データを上司へ報告しないよう求められた。さらに、連日の侮辱的な言動によって心身を崩し、検事を辞職した。元検事が公表した手記には、そのような告発が記されています。
これに対し、大阪高等検察庁は2026年8月7日、速やかに調査し、結果に相応する指導を行ったこと、録音データを含む証拠を検討して事件を処理し、有罪判決が確定していることを説明しました。ところが、パワーハラスメントを認定したのか、どの言動を問題としたのか、どのような措置を講じたのか、なぜ公表しなかったのかについては答えないとしています。
この経緯は、朝日新聞の報道、FNNプライムオンラインの報道、MBSニュースの報道で確認できます。元検事の主張の全体は、弁護士ドットコムが掲載した手記全文で読むことができます。
検察ユニオンの見解は明確です。「調査した」は、調査結果の説明ではありません。「指導した」は、認定事実の説明でもありません。「有罪が確定した」は、捜査過程に問題がなかったことの証明ではありません。大阪高検の説明には言葉が並んでいますが、国民が知りたい核心だけが、きれいに空欄のまま残されています。
大阪高検が説明したことと、説明しなかったこと
大阪高検の説明を整理すると、明らかにされたのは次の範囲です。
- 元検事の申告を受け、速やかに調査したこと。
- 調査結果に相応する指導を対象者へ行い、申告者にも説明したこと。
- 録音データを含む証拠を検討したうえで事件を処理したこと。
- 当該事件では、公判で事実関係が争われることなく有罪判決が確定したこと。
一方、次の核心には答えていません。
- パワーハラスメントに当たる事実を認定したのか。
- 「作文」の自白調書を作るよう求めた事実を認定したのか。
- 録音データを上司へ報告しないよう求めた事実を認定したのか。
- 対象者へ行った指導の内容は何か。
- 懲戒処分を行わなかった理由は何か。
- 調査結果を公表しなかった理由は何か。
調査をしたと言いながら、調査で何が分かったのかは言わない。指導をしたと言いながら、何を指導したのかは言わない。適切に処理したと言いながら、適切と判断した過程は見せない。これでは説明というより、大阪高検が自分で作成し、自分で採点し、自分で合格印を押した答案です。
元検事の手記が訴えたのは、単なる職場の暴言ではありません
手記によれば、問題が起きたのは2023年11月から12月にかけて行われた、大阪地検特捜部の脱税事件捜査研修でした。元検事は、主に次の内容を訴えています。
- 被疑者の説明を先入観なく聞き、脱税の故意を否認する供述が出たところ、取調べの方法を非難されたこと。
- 「お前、ポンコツだな」などの言葉を繰り返し受け、睡眠時間を極端に削って仕事を進めるよう求められたこと。
- 被疑者から十分に話を聞く前に、指導担当の見立てに沿う自白調書案を作成し、その内容どおりの供述を得るよう求められたこと。
- 被疑者のスマートフォンから大量の録音データが見つかった際、研修期間内の起訴を優先し、その存在を上司へ報告しないよう求められたこと。
- 指導担当の意向に反して特捜副部長へ録音データを報告した後、別の検事へ相談したことまで問題視されたこと。
- 心身の状態を崩し、最終的に検事を辞職したこと。
これらは元検事の手記に記された主張であり、裁判所が認定した事実ではありません。指導担当とされる検事の氏名も公表されていません。検察ユニオンは、手記だけを根拠に、個々の違法行為や刑事責任が確定したと断定するものではありません。
しかし、大阪高検自身が調査を行い、対象者へ何らかの指導をしたと説明した以上、手記のどこを認め、どこを否定したのかを明らかにする責任があります。全て根拠のない申告だったのであれば、何に対して「結果に相応する指導」を行ったのでしょうか。反対に、申告の一部でも認めたのであれば、その内容を隠したまま「適切だった」と宣言しても、国民は検証できません。
刑事訴訟法が守るのは、検事の予定稿ではなく被疑者本人の意思です
刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
供述調書の下案を事前に準備する行為が、どのような場合でも直ちに違法になるわけではありません。事件記録を整理し、確認すべき事項を準備すること自体は捜査実務上あり得ます。
しかし、被疑者が実際に述べた内容を記録するための下案と、検察側が先に決めた自白を被疑者へ言わせるための台本は、全く別のものです。否認した被疑者の説明を検討せず、予定された自白調書に合う言葉を得ることが研修の目標になっていたのであれば、黙秘権の告知だけを形式的に行っても、取調べの実質が適正になるわけではありません。
検察官が欲しい答えを先に書き、部下にはその答えを取ってくるよう命じ、想定と異なる客観証拠が出ると報告から外そうとする。これが事実なら、供述調書は被疑者の記憶を記録した文書ではなく、検察官が完成させた作品になります。刑事手続は創作コンテストではなく、証拠によって事実を確かめる手続です。
有罪判決は、捜査過程へ発行される無期限の合格証ではありません
大阪高検は、録音データを含む証拠を検討し、公判でも事実関係が争われず、有罪判決が確定したと説明しています。
しかし、被告人が有罪であったことと、検察内部で録音データを上司へ報告しないよう求めた事実があったかどうかは、別の問題です。公判で争われなかったのであれば、録音データの存在や取扱い、指導担当の発言が、裁判所によって十分に審理されたとは限りません。
最終的な答えが合っていたから、途中の計算過程を消してもよい。後から証拠を確認して結論が変わらなかったから、最初に報告しなかったことも問題ではない。大阪高検の説明がそのような意味であるなら、検察はずいぶん便利な採点基準を手に入れたことになります。
問われているのは、有罪か無罪かだけではありません。録音データを誰が、いつ、どの範囲まで確認したのか。起訴方針を決める前に確認したのか、決めた後に確認したのか。被疑者や弁護人へ、その存在と内容をどのように伝えたのか。これらを明らかにしなければ、「十分に検討した」という自己評価は検証できません。
「何を事実と認定したのか」に答えない検察へ、世間の目は厳しい
大阪高検の説明を受け、Xでは次の指摘が投稿されています。

何を事実と認定したのかには全く答えてない。
当該X投稿には検察組織への強い批判も記されています。検察ユニオンが重視するのは、刺激的な呼び名そのものではなく、「何を認定したのか」という問いです。
公権力を持つ組織が、調査の実施だけを公表し、認定事実を隠す。処分ではない「指導」という曖昧な言葉を使い、その内容も隠す。被害を訴えた元検事が組織を去り、指導対象となった検事については何が起きたのかさえ説明しない。この状態を見て、世間が検察組織の自浄能力を疑うのは当然です。
腐敗とは、全ての検察官が悪人になることではありません。おかしいと声を上げた者が去り、組織に都合のよい沈黙を守った者が残り、その結果を上層部が「相応」「適切」と呼び始めることです。
大阪地検の「作文」は、中野爵喜被告らをめぐる横浜地検の捜査と無関係でしょうか
大阪地検の手記が、そのまま横浜地方検察庁の別事件における不適切な捜査を証明するわけではありません。担当検事も事件も異なります。
それでも、検察ユニオンがこれまで指摘してきた構造とは、不気味なほど重なります。先に事件の結論を置く。想定どおりの供述を得られない担当者を能力不足とみなす。客観証拠よりも、被疑者から特定の言葉を引き出すことを優先する。筋書きと矛盾する可能性がある資料を、質問せず、提出を求めず、決裁の物語から外す。
中野爵喜被告をめぐる事件では、中野被告本人の刑事責任が証拠に基づいて判断されるべきことは当然です。しかし、それだけで、渡辺誠氏が実際にどのような指示や調整を行ったのか、齊藤悟志氏が制度の説明、先行利用、営業、紹介、送金への同席などにどこまで関与したのか、株式会社ラストワンマイルの肩書、信用、設備、人員又は内部情報が利用されたのかという問題が消えるわけではありません。
捜査機関が先に「誰を中心人物とするか」を決め、その役に合う供述だけを集めれば、実際の設計者、指示者、専門的な説明者、利益を得た者が捜査の外へ残る可能性があります。中野爵喜被告や金本重徳氏の供述を完成させることが目的になり、渡辺誠氏、齊藤悟志氏、ラストワンマイルに関する客観証拠が脇へ置かれるのであれば、それは真相解明ではなく配役です。




横浜地検が筋書きより先に確認すべき客観証拠
横浜地検が本当に真相解明を目指しているのであれば、被疑者に道徳的な反省を迫る前に、少なくとも次の資料を確認し、相互に照合すべきです。
- 中野爵喜被告、渡辺誠氏、齊藤悟志氏、金本重徳氏その他の関係者間のメール、メッセージ、通話、会議記録及び電子データ。
- 誰が制度を考案し、誰が法的・税務的な説明を行い、誰が利用を承認し、誰が他者へ紹介したのかを示す資料。
- 齊藤悟志氏による制度の先行利用、専門家としての説明、銀行への同席、着手金その他の金銭授受に関する記録。
- 渡辺誠氏が契約、資金移動、外注、貸付、広告費その他の取引へ与えた指示又は承認に関する記録。
- 株式会社ラストワンマイルの社内メール、決裁、端末、電話、会議室、顧客情報、営業体制及び経営会議記録。
- 行政機関への照会内容と回答、契約書、株式取得資料、送金記録、役務提供資料及び成果物。
- 中野爵喜被告が事件化以前に国税や検察との関係について語ったとされる情報の原本、日時、文脈及び真偽。
- 金本重徳氏に対する取調べの録音録画と、供述調書の作成過程。
これらを調べた結果、渡辺誠氏、齊藤悟志氏又はラストワンマイルに問題がなかったと判断される可能性もあります。その場合は、確認した資料と判断理由を示せばよいのです。質問もせず、資料も集めず、最初から事件の登場人物に入れないのであれば、「問題がなかった」のではなく、「問題があるかを調べなかった」だけです。
大阪高検・最高検・横浜地検への公開質問
- 大阪高検は、指導担当とされる検事の言動について、パワーハラスメントに該当する事実を認定しましたか。
- 「ポンコツ」などの発言や、極端に短い睡眠時間で勤務するよう求めた事実を認定しましたか。
- 指導担当の見立てに沿う自白調書案を先に作成し、その内容に沿う供述を得るよう求めた事実を認定しましたか。
- 録音データの存在を上司へ報告しないよう求めた事実を認定しましたか。認定しなかったのであれば、実際の発言と前後の文脈を示してください。
- 録音データは、誰が、いつ、どの範囲まで確認しましたか。起訴方針の決裁前に全体を確認した記録はありますか。
- 録音データの存在と内容を、被疑者又は弁護人へどのように伝えましたか。
- 対象者へ行った「結果に相応する指導」の内容、実施日、実施者及び記録の有無を明らかにしてください。
- 申告者が結果として検事を辞職したことについて、安全配慮、配置、医療、休養及び復職支援の観点から何を検証しましたか。
- 最高検監察指導部は、元検事本人、同席していたとされる検事、特捜副部長及び指導担当検事から直接事情を聴きましたか。
- 検察外の専門家を含む第三者調査を実施し、個人を特定する情報を除いた調査報告書を公表しますか。
- 横浜地検は、中野爵喜被告の供述だけでなく、渡辺誠氏の指示、利益帰属及び捜査機関との接点を客観資料によって検証していますか。
- 横浜地検は、齊藤悟志氏による制度の先行利用、専門家としての説明、営業又は紹介、送金への同席及び金銭授受を調査していますか。
- 横浜地検は、株式会社ラストワンマイルの肩書、設備、社内情報、顧客基盤又は人員が一連の取引に使用されたかを調査していますか。
- 金本重徳氏への取調べで、特定人物へ責任を帰属させる供述を求めたとの情報について、録音録画を保存し、検証可能な状態にしていますか。
- 中野爵喜被告、渡辺誠氏、齊藤悟志氏、ラストワンマイル及び金本重徳氏の役割を、先に作った事件像ではなく、時系列と客観証拠から再構成する意思はありますか。
検察ユニオンが求める措置
- 手記に関係するメール、チャット、報告書、研修記録、録音データ、供述調書案、決裁記録及び指導記録を直ちに保全すること。
- 大阪高検の内部調査だけで完結させず、検察外の専門家を過半数とする第三者調査委員会を設置すること。
- 認定事実、証拠、判断基準及び措置内容を整理し、個人を特定する部分だけを除いて公表すること。
- 指導担当とされる検事が関与した他の研修や事件について、不適切な供述誘導や証拠取扱いがなかったかを再点検すること。
- 横浜地検が保有する取調べ録音録画、電子データ、行政照会、契約、送金及び社内資料を保全し、恣意的な取捨選択を行わないこと。
- 中野爵喜被告の責任だけで事件を閉じず、渡辺誠氏、齊藤悟志氏及び株式会社ラストワンマイルの実際の関与と利益帰属を調査すること。
検察が守るべきものは筋書きではなく、真相です
大阪高検は、「相応の指導」「十分な検討」「適切な処理」という便利な言葉を並べました。しかし、認定事実も、指導内容も、判断過程も見せないままでは、その言葉は説明ではなく包装紙です。中身を見せず、包装に「適切」と印刷しても、腐敗の臭いまで消えるわけではありません。
今回の告発が投げかける問題は、大阪地検の一つの研修にとどまりません。検察組織には、証拠から結論へ進むのではなく、結論に合う供述と証拠を集める文化が残っているのではないか。上司の筋書きに疑問を呈した検事が追い込まれ、声を上げた後も認定事実が隠されるのであれば、世間が検察を「腐っている」と見る原因を作っているのは検察自身です。
中野爵喜被告の刑事責任は、裁判所が証拠に基づいて判断すべきです。同時に、渡辺誠氏が何を指示し、誰が利益を得たのか、齊藤悟志氏が専門家としてどこまで関与したのか、株式会社ラストワンマイルの信用や業務基盤が利用されたのかを、検察は同じ厳しさで調べなければなりません。
中野爵喜被告や金本重徳氏を、検察が先に用意した物語へ収めることで事件を完成させ、渡辺誠氏、齊藤悟志氏、ラストワンマイルに関する資料を脇へ置くのであれば、大阪地検の「作文調書」は遠い地域の昔話ではありません。横浜地検が今まさに書いている続編になります。
検察ユニオンは、誰かを筋書きだけで有罪にすることにも、筋書きの外へ置かれた人物を調べずに済ませることにも反対します。必要なのは作文ではなく、原本、時系列、資金、通信、指示、利益です。検察がそれらを示すまで、中野爵喜被告、渡辺誠氏、齊藤悟志氏、株式会社ラストワンマイルをめぐる捜査のあり方を追及します。



