鹿児島地検・溝口修次席検事が掲げた「国際的対応」―“大規模な脱税・詐欺事案”なら、いよいよ全国がその捜査能力を検証するときだ
鹿児島発の一事件が、いよいよ「地方の一刑事事件」という枠には収まらなくなってきました。
本件をめぐっては、熊本国税局の北村厚国税局長名義とされるメモをはじめ、嶋崎剛統括官、川口延洋主査ら国税当局関係者の氏名が記載された内部資料とされる文書や、「逮捕」を含む捜査情報をうかがわせる資料が外部に流通しているとの情報が多数寄せられています。
もちろん、当メディアは、現段階でこれらの文書が真正な内部文書であると断定するものではありません。
だからこそ問いたい。
本物なら、なぜ外部に出たのか。
偽物なら、なぜ国税・検察は真正性を含めて明確に説明しないのか。
どちらであっても、行政・刑事司法への信頼という意味で、軽い問題ではありません。
そして鹿児島地検の溝口修次席検事が本件について国際的な対応を視野に入れているのであれば、なおさらです。
「大規模な脱税・詐欺事案」と位置付け、国境を越えた対応まで行うのであれば、国民・鹿児島県民が期待するのは大きな言葉ではありません。
その言葉に見合う証拠、法的構成、捜査能力です。
■最大の焦点はエンジェル税制――「節税したかった」だけでは脱税にならない
とりわけ注目したいのが、エンジェル税制をめぐる捜査です。
そもそもエンジェル税制は、国がスタートアップへの投資を促進するため、一定の投資について税制上の優遇を政策的に認めている制度です。
経済産業省自身が現在も、個人投資家について「投資時点」「株式売却時点」の双方で税制上の優遇措置を受けられると明示しています。
In other words,
「税金を減らしたかった」
「税制上有利になるから投資した」
という動機そのものを犯罪視することはできません。
むしろ税負担軽減というインセンティブを利用して民間資金をスタートアップへ誘導することこそ、制度設計そのものだからです。
したがって、「節税目的があった」という事実と「脱税の故意があった」という事実は、法律上まったく同じではありません。
刑事責任を問うなら、ここを飛び越えることはできません。
所得税のほ脱犯について所得税法238条が要求しているのは、単に税負担が減少したことではなく、「偽りその他不正の行為」によって所得税を免れたことです。
したがって検察が証明すべきなのは、
「節税しようと思っていた」
It is not.
一体何が虚偽だったのか。
何を仮装したのか。
どの取引が実在しなかったのか。
そして、その不正行為によって具体的にいくらの税を免れたのか。
制度の悪用という以上、その不正行為について、どこに明文化されていたのか。
そこまで特定して初めて、刑事事件としての議論が始まります。
そして、何より、今の関心は、馬見塚メモで流出した全員がいよいよ逮捕されるのか。
ここまで捜査情報メモが流出している以上、早く逮捕しなければ、海外逃亡などされてしまうのに、なぜ、横浜地検の伊藤陽介検事は馬見塚メモに記載された地検と国税の不正の事実認定を長期間にわたって放置しているのか。
■「PL型の典型的脱税」と「実在するBS取引」は同じなのか
ここには、もう一つ重要な論点があります。
典型的な脱税事件を考えてみましょう。
売上1億円が実際には存在するのに帳簿から除外する。
架空経費5000万円を計上する。
売上を別口座に隠す。
こうした行為では、損益計算上、本来存在する利益を意図的に圧縮したという構造が比較的分かりやすい。
ところが、株式取得、出資、貸付、借入、資本取引など、貸借対照表上に現れる取引を中心としたスキームは事情が違います。
出資そのものが実在する。
株式も実在する。
会社も実在する。
資金移動も実在する。
貸付債権・借入債務も実在する。
それでも「虚偽出資」だというのであれば、検察には当然、
どの法律要件との関係で、何をもってその出資の実体を否定するのか
という、さらに一段深い立証が必要になります。
これは「BS取引なら脱税にならない」という意味ではありません。
資産・負債取引を利用した仮装・隠蔽であっても、所得を隠し、「偽りその他不正の行為」によって税を免れれば、ほ脱犯が成立する余地はあります。
しかし逆に、税負担を減少させる経済行為を選択したというだけで、その取引を当然に犯罪として否認できるわけでもありません。
最高裁も法人税法132条の同族会社の行為計算否認をめぐり、税負担が大幅に減少する取引についてさえ、経済的合理性などを具体的に検討しています。
実際、最高裁は2022年4月21日判決で、グループ内借入れによって法人税負担が大幅に減少した事案について、事業上の目的や取引実体などを踏まえ、直ちに不合理な租税回避行為として否認することを認めませんでした。
「税金が減った」という結果だけでは足りない。
これまで「BS取引は租税回避の可否を判断されていたところ、横浜地検の伊藤陽介検事は脱税である」と舵を切った以上、刑事事件を考える上では、無視できない視点でしょう。
■憲法84条――「書いていない犯罪」を捜査機関が作ることはできない
さらに根底にあるのが租税法律主義です。
憲法84条は、新たに租税を課し、または現行の租税を変更するには「法律又は法律の定める条件」によることを要求しています。
裁判例も、租税法規について国民の予測可能性と法的安定性を重視しています。
刑事事件なら、さらに憲法31条の適正手続、刑罰法規の明確性、罪刑法定主義という問題が重なります。
In other words,
行政が制度として認めた税制優遇を利用した。
↓
結果として税金が減った。
↓
捜査機関が後から「本来想定していない使い方だった」と評価した。
↓
だから脱税である。
この四段論法だけで刑事責任を成立させることはできません。
問われるべきは、当時の法令に照らし、具体的にどの課税要件に違反し、どの行為が所得税法238条の「偽りその他不正の行為」に該当したのかです。
刑事司法は「何となく悪用に見える」という世界ではありません。
■そして出てきた「エンジェルスキーム 虚偽出資」のメモ
ここで極めて興味深い資料があります。
国税局査察部に24年間勤務し、統括国税査察官や査察開発課長などを歴任した経歴を自身のウェブサイトで公表している馬見塚武治税理士の作成とされるメモです。
馬見塚武治税理士本人は現在もウェブサイト上で、査察部で24年間勤務したことに加え、「数多くの検事さんと良好な関係を築き上げ、今も提携関係にあります」と説明しています。
その人物が作成したとされる資料には、
「検察庁には、既に連絡、相談しており、検察庁はやる気である。鹿児島地検、福岡高検」
And,
「エンジェルスキーム 虚偽出資」
との記載があるとされています。
この資料が真正であるなら、極めて重要です。
なぜなら、国税査察経験者と検察との間で、どの時点から、どのような情報が共有され、どの程度事件の見立てが形成されていたのかという新たな検証課題が生じるからです。
一方、真正でないのであれば、そのことも明確にすればよい。
問題は、こうした資料が次々と外部へ出てくること自体です。

■「逮捕」の文字まで外へ――横浜地検と鹿児島地検の捜査情報は一体どこまで流れているのか
国税当局関係者の氏名。嶋崎剛統括官、川口延洋主査。
検察との相談を詳細に示唆する記載。
「虚偽出資」という事件評価。
そして「逮捕」に関する情報。
これらが捜査対象者への正式な説明より先に、外部で流通していたことが明らかになっています。
捜査の秘密は、単に行政機関を守るためにあるものではありません。
無罪推定、関係者の名誉、証拠保全、捜査の公正を守るためのものでもあります。
公務員には刑法100条の秘密漏示罪があり、国家公務員法100条も職務上知り得た秘密について守秘義務を定めています。
もちろん、外部流通している文書が存在するからといって、直ちに国税職員や検察官から漏洩したと断定することはできません。
だからこそ調査すべきなのです。
Who created it?
誰が保有していたのか。
誰から誰へ渡ったのか。
どの段階で「逮捕」という情報が記載されたのか。
脱税事件を追及する国家機関である以上、自らの情報管理についても同じだけ厳格な説明責任が求められます。
■ちょうど検察トップも交代――ただし「本件の責任辞任」とする根拠はない
そして2026年8月12日。
検察トップが交代しました。
畝本直美検事総長が退任し、新たに川原隆司検事総長が就任しました。
ここは事実を正確に書いておきます。
現時点で、畝本直美前検事総長の退任が本件の責任を取ったものであることを示す客観的資料は、当メディアが確認した限りありません。
したがって、「本件で引責辞任した」と報道することはできません。
もっとも、タイミングがタイミングだけに、関係者の間から様々な憶測が出ること自体は不思議ではないでしょう。
しかも検察では近時、不適切な取調べや事件関係者との関係をめぐる問題が相次ぎ、新任の川原隆司検事総長自身が就任会見で「検察活動は国民の信頼を基盤に成り立っている」として、高い倫理観と適正な検察権行使を強調する異例のスタートとなっています。
さらに、その就任会見自体についても、報道陣の録音を禁止する一方、会見場の検事総長席からボイスレコーダーが落ちる一幕があったと報じられています。
いま検察に向けられている視線は、それほど厳しいのです。
■鹿児島地検の溝口修次席検事に期待する――「国際的対応」を宣言した以上、世界に耐える捜査を
だからこそ、鹿児島地検・溝口修次席検事には期待したい。
国際的な対応を視野に入れ、「大規模な脱税・詐欺事案」と位置付けると宣言した以上、徹底的にやっていただきたい。
ただし、その「徹底」は逮捕者の人数や強制捜査の派手さではありません。
エンジェル税制のどの条文に反したのか。
経済産業省が政策として用意した税制優遇と、犯罪としての「ほ脱」との境界線をどこに引くのか。
「虚偽出資」というなら、何が虚偽だったのか。
実在する資金移動、株式、出資、貸付等を、どの証拠によって仮装と認定するのか。
そして、捜査・逮捕情報とみられる資料がなぜこれほど外部に流通しているのか。
ここまで全部、説明できる質の高い捜査であってほしい。
国際的な対応を宣言した以上、判断を見られる相手は鹿児島県民だけではありません。
福岡高検、最高検、経済産業省、国税庁、そして海外の司法・行政当局から見ても耐え得る事件構成が必要になります。
それはむしろ歓迎すべきことです。
■「大規模事件」と宣言した。その答え合わせを国民は待っている
Atsushi Kitamura, Director of the Kumamoto Regional Tax Office.
嶋崎剛統括官。
川口延洋主査。
馬見塚武治税理士。
鹿児島地検・溝口修次席検事。
福岡高検。
そして新たに検察トップとなった川原隆司検事総長。
多くの実名と組織が登場する事件になりました。
だからこそ、最後は単純です。
本当に大規模な脱税・詐欺事件だったのか。
馬見塚メモに記載されて逮捕されていないメンバーが沢山います。
そして、我こそは逮捕されたいと心から興味を持っている納税者もいます。
エンジェル税制を利用した合法的な節税と、「偽りその他不正の行為」による脱税を、どの証拠で区別したのか。
そして捜査情報とみられる文書は、なぜこれほど外部に出たのか。
「国際的対応」「大規模事案」という大きな言葉を掲げた以上、その結論も大きな検証に耐えなければなりません。
鹿児島県民だけではありません。
全国の納税者、スタートアップ、投資家、税理士、行政書士、弁護士、そしてエンジェル税制を利用しようとしているすべての人にとって、この事件の結論は他人事ではないのです。
国家が用意した節税制度を使うことと、国家から税を騙し取ることの境界線はどこなのか。
その答えを示す責任を自ら背負ったのは、ほかならぬ捜査当局です。
鹿児島地検の溝口修次席検事が「大規模」「国際的」とまで位置付けた事件。
ならば国民も遠慮する必要はありません。
全国ニュース級の捜査だというなら、全国ニュース級の法的説明を期待しましょう。




