エンジェル税制をめぐる横浜地検の捜査で最も欠けているのは「法的根拠」の説明ではないか
刑事事件は、印象や違和感で有罪を導く制度ではない。
「悪用と思う」「不自然と思う」「制度趣旨に反するように見える」。
それだけで人を犯罪者にできるのであれば、法治国家は成り立たない。
エンジェル税制をめぐる議論で、最も重要でありながら、ほとんど議論されていない論点がある。
エンジェル税制の適用を受けた資金を再投資してはならないという規定は、一体どの法令の、どの条文に存在するのか。
この問いに対して、行政も捜査機関も、まず条文を示して説明すべきではないか。
「制度趣旨」と「違法」は同じではない
法律は、禁止事項を法律によって定める。
税制も同じである。
もし「エンジェル税制による出資金を再投資してはならない」というルールが存在するのであれば、その根拠となる法令、政令、省令、通達又は判例が示されるべきである。
一方で、現行制度を見る限り、エンジェル税制は投資対象企業や投資時期などの要件を定めているものの、「出資によって調達した資金を再投資すること」を一律に禁止する明文規定は見当たらない。制度の詳細は経済産業省が公表している。
もちろん、個別事案によっては、仮装・隠蔽その他の事情があれば別である。
しかし、その場合でも立証すべきなのは、その具体的な仮装や隠蔽であって、「再投資した」という事実だけではない。
「悪用」と評価するなら、法的根拠を示す責任がある
「制度趣旨に反する。」
行政や捜査機関は、この言葉を用いることがある。
しかし、刑事事件では、「制度趣旨に反する」という抽象的評価だけでは足りない。
What law was violated?
どの課税要件を満たさないのか。
どの行為が虚偽だったのか。
どの時点で故意が成立したのか。
これらを具体的に説明して初めて、法的な議論になる。
「悪用だ」という結論だけを先に置き、その理由が「何となく制度の目的と違うように感じる」というレベルであれば、それは法的評価ではなく印象論である。
「自白」があれば終わる事件ではない
刑事事件では、自白は重要な証拠の一つである。
しかし、自白があれば法律違反が成立するわけではない。
例えば、ある人が「制度を利用して税金を減らそうと思っていました」と述べたとしても、その制度利用自体が法令上許容されているのであれば、その発言だけで犯罪にはならない。
重要なのは、「何をしたか」であり、その行為が法令に照らして違法だったかどうかである。
だからこそ、租税刑事事件では、故意の有無だけではなく、課税要件、制度要件、行政解釈、法令との関係を慎重に検討する必要がある。
制度上認められている行為であれば、たとえ節税の意思があったとしても、それだけで犯罪になるわけではない。
本来、まず確認されるべきこと
制度をめぐって疑義が生じたのであれば、まず確認すべきなのは次の点ではないか。
・制度所管行政はどのような説明をしていたのか。
・行政への事前照会はあったのか。
・確認書等の行政手続はどのように行われたのか。
・制度上禁止される行為であることを示す明文や解釈は存在するのか。
・関係者への事情聴取によって、その認識や経緯は十分に確認されたのか。
これらを尽くさず、「制度悪用」という結論だけが先行するのであれば、それは法的評価というより、結果論による評価になりかねない。
法治国家で最も重要なのは、「違法だから処罰する」という順序である
「不自然だから違法」。
「節税だから悪用」。
「結果として税金が減ったから犯罪」。
このような発想は、法治国家とは相容れない。
本来の順序は逆である。
まず法律がある。
その法律に違反した具体的事実がある。
その違反について故意や不正行為が立証される。
その結果として刑事責任が問われる。
この順序を飛ばして、「制度悪用」という印象だけで結論を導いてしまえば、どの政策税制も、後から「趣旨違反」と評価される危険を抱えることになる。
Finally
エンジェル税制は、スタートアップ投資を促進するために国が創設した政策税制である。
だからこそ、その運用に疑義が生じた場合には、納税者だけではなく、制度所管行政の説明責任も同時に問われなければならない。
「制度悪用」と評価するのであれば、まず法的根拠を示してほしい。
「違法だ」と言うのであれば、どの条文に違反したのかを示してほしい。
「故意があった」と言うのであれば、まずその前提となる違法性を明らかにしてほしい。
法治国家において最も重要なのは、「悪いと思う」ではない。
「どの法律に違反したのか」を具体的に示し、その違反事実を証拠によって立証することである。
その原則は、政策税制であっても、租税事件であっても、何ら変わるものではない。



